惟彦(のぶひこ)は1993年4月に生まれました。知的障害を伴う中度の自閉症です。

1歳位までは順調だと思っていた子育てでしたが、歩き始めてからは走りだしては追いかけ、「空が綺麗ね」と声かけしても反応がなく、砂場ではお山を作らず砂をつかんでははなす、の繰り返し。ひとつひとつの動作が他の子と何か違うと気づき始めました。
音楽との出会いは2歳。ハミングで歌い始めました。言葉はその後にでるのだろうと自然な成長を疑わなかったのですが、一向に増えず、ますます多動になり、こだわりがでると変更するだけでひっくり返って騒ぐようになりました。子供らしい発達が見えずに気持ちばかり焦る日々でした。
その後、地域の発達相談センターに相談後、発達の遅れがある児童を指導する幼児教室を紹介されて入室。年少から年長までお世話になりました。
入室をした夏に、発達サポートが必要な生徒を指導してくださるヴァイオリン教室(山口音楽教育センター)を紹介していただきました。その時はまだ次男も1歳過ぎた頃で二人の子育てに疲れ果てていて余裕がなく、とてもじゃないけど私は「無理」、ましてや私もピアノ指導者でしたので、落ち着きのない息子が楽器を弾くなんて「夢の夢」、通うのは無理。
入室を考える余地は私の中にありませんでした。
その後一年経ち、幼児教室に通う事も慣れてきた頃に再び入室を考える機会があり、
音楽もピアノと歌は拒否しても弦楽器の音だけが気に入っていたので、入室を決意して惟彦は5歳半からヴァイオリンを習う事になりました。

最初は先生の演奏を聴く事から始まりましたが、楽器を見せるともう大パニック。泣きわめきがひどいのでこれは続かないだろうと思い、3回通ったところで「次に泣いたらやめよう」と決意したところ4回目から泣き止みました。レッスン中に親に甘えが出てしまうので先生ともご相談し、しばらく母子分離でご指導いただきました。
最初はひっくり返っていたのに、逆に吸い寄せられるようにヴァイオリンを構えるようになり、その後しばらくしてからボーイングの練習だけで40分立っている事ができるようになりました。
先生の補助がなく一人でヴァイオリンが弾けるようになったのは9か月後でした。

しかし、言葉は相変わらず増えなかったので就学を考える頃に「息子は障害者として生きてゆく」事を考え始め、障害者手帳を取得して小学校も特別支援学級を選択しました。
6歳半を過ぎてようやく言葉も二語文に増え、少しずつ自分の意思を伝えられるようになりました。
鉛筆も持てない、絵も字もかけないのにヴァイオリンが弾ける。それだけでも発達面は凸凹でしたが、小学校に入ってから生活リズムが決まり「ごはん食べたらしゅくだいばいおりん」と言って、毎日の練習が定着し始めました。

練習はするものの回数だけ決まっていて、それ以上練習を即すとパニックで大騒ぎ。新しいところが弾けないと大騒ぎ。でも翌日には何事もなかったように弾けてしまったり。
驚く事が繰り返しあって拍子抜けする事もありました。私も子育てで一度はピアノを弾いて続けることをあきらめたのですが、惟彦の伴奏でいつのまにかまた鍵盤にふれる日々になりました。

ヴァイオリンは地道に練習を続け少しずつですが進歩を感じる事ができましたが、学習面では月齢のお子さんのレベルにはどんどん追いつかなくなり、体育等、ゲームのルールの内容の理解が難しいので、「特別支援学級に通学でよかったのだ。」と、ようやく小学校高学年で思えるようになりました。学校生活の他に習字や水泳を習いましたが、ヴァイオリンを弾くことが生活の中心になってゆきました。

中学校も特別支援学級に進学し、ヴァイオリンも教室以外で弾く機会に恵まれ、演奏活動で出かける楽しみや人と出会う楽しみも増えてゆきました。発表会で演奏して拍手をいただいてきた事で、豊かな気持ちも育ってきましたが、大きな壁は思春期でした。

身体の急激な成長に心身共に本人の中で混乱が起き、約1年半、夕方に毎日のようにパニック(自傷行為)を起こしました。学校やヴァイオリン教室では起こさなかったのが幸いでしたが、そんな時でも支えになったのはヴァイオリンの存在でした。中2ではおさまり、練習時は落ち着いて弾くようになりました。また自分でもパニックになるのは辛いので、そうなりそうな時には音楽を聴いて落ち着く事も習得してゆきました。
特別支援学校高等部卒業して働き始めた頃は仕事優先で練習は様子見ながら続けました。
毎日職場の清掃や事務作業をこなし、夏休みも働かなければいけない環境に疲れを感じる事が多かったのですが、帰宅後にヴァイオリンを練習して気分を換えてリセットし、また次の日に会社に向かう姿をみて、音楽が好きでヴァイオリンが弾ける事が自分自身の癒しにもなっていたことに気づき、ヴァイオリン続けてきて本当によかったと痛感しました。
練習の積み重ねはとても大事で、レッスンの時に先生への礼儀を学ぶ事も仕事をする上でとても重要ですし、演奏することで自分も音楽に癒され豊かな生活を送る事ができます。

 

ヴァイオリン教室は23年通い、現在もお世話になっています。4月からは就労生活は11年目に入ります。小さい時に大騒ぎしていた惟彦も、たくさんのレパートリーを弾けるようになりました。今でも新曲が難しいと「弾けるのだろうか?」と思ってしまいますが、好きな事だと時間がかかってもこつこつと練習し、頑張る力が備わってきました。
子供の持っている力は無限で、可能性を信じる事はとても大切だと思っております。
皆さんが一歩を踏み出していただくのを応援しております。

本間 桃子・惟彦